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「ヤマタノオロチはどこからきたのか?」 古事記では、「ヤマタノオロチは高志からきた」と書かれています。と言ってしまえばそれで終わってしまいますので、もう少し話をつづけましょう。 高志(越)の国は、越前から能登、越後を含む広い範囲。そして、ヤマタノオロチといえば、八頭の大蛇。うむ、まてよ、福井には、九頭竜川があるじゃないか。九頭竜と八頭の大蛇とは何か関係が……? 九頭竜とは、「黒竜大明神をさし、天地初めのとき、国土守護の神として四方の国におられたという四柱の神(鹿島大明神、熊野大明神、厳島大明神、黒竜大明神)の1つだという。北国一の大河の岸に水体の黒竜王を勧請して、黒竜大明神と号した」と記録がある。オロチやオロチを退治したスサノオも神話の世界だが、より深い神話の世界の竜神がこの越前の地にいたという…。 九頭竜神について、調べてみた我々スタッフ(?)は、白山に九頭竜神が祭られていることを知る。「九頭竜神が祭られている白山を源流にしている川だから九頭竜川か」と感心しながらも、白山について調べてみた。白山は、泰澄大師が開かれたというが、泰澄大師は山の民と聞いたことがある。山の民とは、自然の中で生き、自然の資源を手中に収め、資源を活用し生計をたてていた。タタラ製鉄というのも、その山の民の技術のひとつであったと記憶している。(ん!だから、山の神にタタラれるというのか。)とくだらない事を言いつつ。 泰澄大師は、丹生郡朝日町の大谷寺で修行をしたというが、実は、この丹生という地名は、鉱山と深い関係がある地名である。丹生とは、砂鉄含有の赤い土のことをいい、全国的にも製鉄集団がいた土地が今でも丹生と呼ばれていることが多い。この丹生山地は、三国から福井、丹南に至る広い範囲をいい、越国の中でも早くから開けていた越前付近は、鉄器の製造も早くから進んでいたと思われる。現に金津とは、鉄を出す港という意味であるとか。 早くから開けていたこの地の古代文化は高く、縄文晩期には稲が栽培されていたことは、金沢市の近岡遺跡からイネ花粉化石が出土したことで明らかである。この地では、古くから産鉄が行われていたのではないか。越前の一の宮「気比神宮」の主神の気比大神は金属神でなかったかとも言われている。縄文晩期には、産鉄のノウハウを持っていたのであろう。弥生時代に稲作が津軽にまで到達したのは、それを受けいれる十分な素地を縄文晩期に築いていたからとされているのである。 縄文時代には蛇は日本でも神様であった。蛇信仰は森の心を代表するものであり、縄文土器や土偶には図象化した文様がつけられていた。脱皮は生命の象徴であり、生命力の強さの恩恵にあずかろうとした豊穣のシンボルであり、竜蛇神は、山神として崇められていた。しかも、古代蛇神が金属神であったという例は、汎世界的である。ここで思い出すのが、スサノオがヤマタノオロチを退治しオロチの体内から三種の神器である草薙剣を手にしたという神話である。古代神話における神々は、当初から最高神として君臨しているわけではなく、自然界の土着の神を征服することで権威を築きあげていく人間的な神々であった。このオロチ神話は、反抗する土着勢力を征服し、政治勢力を拡大していくサクセスストーリーであり、まさに征服のうえ土着勢力(山の民)の持つ産鉄技術、鉱山を手中にした物語といえよう。 ヤマタノオロチを山神として崇める土着民(産鉄集団)が、政治勢力の拡大を図る勢力(出雲勢力?→スサノオ?、)に屈し服従したことにより、拡大勢力は、土着民の土地所有権を認めることとなる。それらの土着民を「国主」や「国巣」(いずれも くず と呼ぶ)と呼ぶようになったという。 それに伴いその土着民の奉る山神も、新しく九頭竜神「国主(くず)の奉ずる竜蛇神」と称するようになった。 「ヤマタノオロチはどこから来たのか?」 九頭竜神に関する場所は、全国的に分布されているが、出雲(スサノオ)に適度に近く、海によって交流があり三国湊としても発達している地であり、越の国の中で唯一九頭竜神を奉る白山、産鉄に適している丹生山地等をひかえ九頭竜川という名を残しているこの福井を中心とする「ここら辺の土地(少し漠然としてあいまいな表現ですが…)」がちょっと…怪しいかもね! |