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宇宙からの視点


 冷戦の象徴、南北分断の象徴といわれた「ベルリンの壁」が崩壊したのは、1989年11月でした。早いもので15年が経過し、その事件はもう既に過去の歴史となっています。
 その歴史の証言するものが石川県羽咋市にあります。それは、「UFOベルリンリン」という土鈴です。この土鈴は、ベルリンの壁を地元ジャーナリストに頼み取り寄せ「ベルリンの壁」と陶器用粘土を混ぜ合わせて作られました。
UFOから見れば、西ドイツも東ドイツも関係ない。宇宙から見ると、みんな同じ地球人に見える。というコンセプトから作られた平和の土鈴です。当時、ドイツで大騒ぎになり、ドイツのテレビ局が羽咋市に取材にきたそうです。(羽咋市はUFOでまちづくりをしています。現在「UFOベルリンリン」は完売となりました。)
 宇宙飛行士は、宇宙飛行体験後、例外なく国家や民族の対立を、ばかばかしいことという認識をもって帰ってきます。
「宇宙から見ると国境なんてどこにもない。国境なんてものは、人間が政治的理由だけで勝手に作り出しただけの、もともとは存在しないものなのだ。宇宙から自然のままの地球を見ていると、国境というものがいかに不自然で人為的なものであるかがよくわかる。…宇宙からこの美しい地球を眺めていると、そこで地球人同士が相争い、相戦っているということが、なんとも悲しいことに思えてくるのだ。どんなに戦っても、お互いこの地球の外に出ていくことはできない。この地球以外、我々には住むところがないんだ。」(アポロ7号船長ウォーリー・シラーの言葉)
彼は宇宙空間から肉眼で、ベトナム戦争の戦火を見たといいます。
 セイゲル・コンスタンティノビッチ・クリカレフは、1958年レニングラードに生まれ、いまや国際宇宙ステーション計画の中心のひとりとなっています。その彼の2回目の宇宙飛行はそれまでにない経験をしたのでした。
 1991年5月19日、アナト−リィ・アルゼバルスキー船長、英国の宇宙飛行士へレン・シャーマンとともにソユーズTM12で出発したクリカレフは、ロシアの宇宙ステーション「ミール」で数々の実験を行いました。当初3か月の予定だったクリカレフの任務も順調に遂行されているかに見えたのですが、、、ところが彼が帰還したのは、およそ10か月後の1992年3月25日となったのでした。1991年8月のソビエト連邦の政変に伴う打上げ計画変更により、20世紀の劇的な瞬間を宇宙から眺めていた人間の一人となったのです。
 クリカレフは出発したとき、ソビエト連邦の宇宙飛行士でしたが、帰還したときは既に祖国は無く、国名は「ロシア」となっていました。クーデター、ゴルバチョフの退陣、エリツィンの政権掌握そしてソビエト連邦の終焉といった歴史の大変動を、クリカレフは地表から400km上空の軌道上からただ眺めしかないのでした。
彼は、人間の生命圏である地上で起こっている現実から、遠く離れた宇宙空間、「現実の外側」に身を置き、20世紀の歴史を観ることになったのです。
神が我々を見守っているように彼は祖国の歴史を眺めていたのです…。
私たちが生存する地球も、宇宙から見ると、小さくはかない一つの星にすぎません。
ここに1枚の写真があります。
写真のなかに心細げにある点が、37億マイル(約60憶キロメートル)離れた所から見た地球です。人間が作った人工物として地球から一番遠くを巡航する惑星探査機ボイジャー1号が1990年2月14日に撮影したものです。ほとんど 太陽系の果てから見た地球です。
この宇宙からみると今にも消えそうな小さな光の中に、私たちは生きているのです。



「宇宙からの帰還」 立花 隆 中公文庫
「遠心力〜冒険者たちのコスモロジー〜(重力の恩恵)」港 千尋 白水社





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