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Genius (天才)


 2002年のノーベル賞に日本人から2名受賞されました。 おめでとうございます。

 天才と呼ばれる人達は、ある時代にまとまって輩出されることが知られています。日本では、幕末の志士がよく例えられますね。才能の育つ環境についての調査によると、20世紀の著名人を調べた結果、82%の人は、非常に若い時に多くの著名人と接触、68%の人は、子供の時に将来自分が活躍する分野の著名人の中で育っているそうです。ノーベル賞の受賞者の半数以上がノーベル賞受賞者の弟子です。
このように、身近によい指導者や仲間がいることが、才能を伸ばす要因となっているといえるでしょう。
 また、時代が天才を輩出すると言われるように、その時代のもつ環境が天才を産み出すということがあります。歴史的研究によると、「社会が単一の思想に統一されていないが、安定性がある」状態の時、もっとも独創性が発揮されるらしく、日本の戦後はこれにあたるそうです。
(でも、その成功体験が次第にものの考え方の画一性を生み出し、それが社会的な行き詰まりを向えたとも言われています。)

 その他にも、才能についての体系的研究者フランシス・ガルトンが、歴史的な偉大な仕事をなした人たちの出生順を研究した結果、第一子の男性に著名人が多く出ているということです。これは、おそらく第一子の男性は、親や周囲の期待をうけ、才能が発揮できるための環境、教育が与えられたことが想像できます。
 さらには、政治家には第一子が少ないとされています。これは政治的成功には人間関係に秀でることが必要だからでしょうし、革命家には、長男が少ないのは、長男は親の愛情をうけ不満が少なく、その環境に感謝、守ろうとする考えが生まれるからだと言っています。
 このような研究から言えることは、遺伝子的に才能があったとしても、その才能の発揮には環境が大きく影響しているということです。才能は、環境からの影響、刺激をうけやすいのです。

 2002年7月10日付け産経新聞に、「天才を生む土壌」という興味深い記事がありました。
 南インドのクンバコナムという小さな町。ここが天才数学者ラマヌジャンの故郷。このクンバコナム出身の天才は、ラマヌジャンだけではなく、ラマン効果でノーベル物理学賞を受賞したラマンや天体物理学者のチャンドラセカールなどもすぐ近郊の出身です。天才というものは世界のどこにでも出現するものではなく、特定の地域に偏っているのではないか。お茶の水女子大学 藤原 正彦教授はこのように考え、天才たちの生まれ育った土地を調べるため十数か国を訪れ、そこに、ある共通の土壌があるように思えたそうです。
 その共通の土壌とは…。
  第1は、自分を超えた多いなるものに対しての「ひざまづく心」
  第2は、「精神性を尊ぶ」。
  第3は、「美の存在とそれを尊ぶ伝統」
だといいます。
 天才を輩出する地域は、南インドに限らず、大体この3つの条件を満たしているようです。イギリスは、シェイクスピアやニュートンなど、戦後だけでも40以上のノーベル賞受賞者を出した地です。ここも、古くからのしきたりや伝統に「ひざまづく心」、紳士道からくる金銭を低く「精神性を高く見る」という価値観、そして、「美しい自然」。ここにも、3条件を満たしています。
 日本においても、文学では紫式部、芭蕉、芸術でも運慶、快慶など、また、数学では江戸時代の関孝和、建部賢弘など多くの優れた人物が輩出されています。
この日本には、自然や神仏に「ひざまづく心」があり、金銭を低く名誉やもののあわれ等を高くみる「精神性」、四季に恵まれた「美しく繊細な自然」と、それに対する世界でも図抜けた感受性があり、3条件を満たしているといえます。

 このように、自分を超えた大いなるものに対して「ひざまづく心」や「精神性を尊ぶ」などの共通の土壌(環境)を見ると、天才とはまさに字のごとく、生まれつき自分を超えた大いなるもの(神)に与えられた才能であると言えるのではないでしょうか。
 近年、日本では、経済至上主義のもと、役に立たないことを尊ぶ心が希薄となっており、天才を生む土壌が急速に失われつつあると藤原教授は指摘しています。
 私たちは、いつまでも古来からの日本人の心、自然や神仏に「ひざまづく心」、金銭を低く名誉やもののあわれ等を高くみる「精神性」、「美しく繊細な自然」と、それに対する感受性を大切に守りつづけていきたいものです。

「40歳をすぎてからの賢い脳のつくり方」 高田明和 講談社+α新書
 産経新聞 (2002年7月10日付)





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