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いのち(2)


 2003年1月〜3月にフジテレビで「僕の生きる道」というドラマが放送されました。 ドラマが終了して一年余が経ちましたが、このドラマを見て自分の考え方や価値観が変わったという人も多く、いまだ人気があるようです。
このドラマのテーマは衝撃的でした。そのテーマは、死。Have a good die.
人間は、生まれた時から余命何年かの人生を生きている。でも、そのことは忘れて過ごしている。まるで永遠の時間があるかのように。死。明日、来年、自分がここにいないかもしれない。もしそんな事実を叩き付けられたら、何が変わるだろうか?何が大切になるだろうか?
『主人公中村秀雄は私立進学校陽輪学園の28才の生物教師。これまでの人生を無難になんとなく過ごしてきた。そんな秀雄の毎日に突然変化が起こる。過日受けた健康診断に異常があり、精密再検査の結果、スキルス性胃癌で余命一年だと宣告される。その宣告が、28年間平穏無事に平凡に生きてきた秀雄を変える。宣告により、死の恐怖に苦しみ、葛藤し、今までの人生を後悔しながらも、次第に残りの1年間で初めて『本当に生きている』という実感をつかんでいく主人公秀雄の姿と、ともに変化していく生徒、周囲の状況を描いている。』というもので、視聴者に人が『生きていくことの本当の意味』を問いかける作品でした。(フジテレビHPより)

このドラマを振り返ると、茅ヶ崎市浜之郷小学校の前校長 大瀬敏昭さんの生前の笑顔を思い出します。

この作品の中には、いくつものハッとするような言葉がつづられていました。

主人公秀雄が残る人生を精一杯生きる決心をしていく場面で…
「母さん。僕が生まれた時どう思った?」
「やっと会えたねって。それからこの子のためなら自分の命を捨てられる・・・そう思ったかな。」
「母さん・・・そう・・・今外にいるんだ。友達呼んでいるから」
秀雄は母親の言葉を聞いて涙が出そうになるのを堪えるのに必死だった。
「・・・」
「また電話するね。」
秀雄は電話を切った。秀雄は今まで堪えていた涙を流し号泣していた。
秀雄は病室に戻ってベッドの中に入った。そしてそばにあったカバーのかかった本を見た。そして外に持ち出した。
「何の本?」
ちょうど通りがかった主治医の金田勉三が聞いた。
「僕が読まなかった本です。」
金田は手にしていた缶コーヒーを飲んだ。
「1年って28年より長いですよね。」
「そうだよ。」
その瞬間秀雄の心の中で何かが変わった…。

そして、その主人公秀雄が生徒に向かって話す代表的な話が「1冊の本」です。

秀雄はカバーのかかった本を手にして生徒たちに話し始めた。
「ここに1冊の本があります。この本の持ち主はこの本を読みたいと思ったので買いました。しかし今度読もう今度読もうと思いつつすでに1年が経ちました。この本の持ち主は本を読む時間がなかったのでしょうか?多分違います。読もうとしなかった、それだけです。そのことに気付かない限り5年経っても10年経っても持ち主はこの本を読むことはないでしょう。」
秀雄は手にしていたカバーのかかった本を教壇の上に置いた。
「受験まであと1年です。みなさんの中にはあと1年しかないと思っている人もいるかもしれません。でもあと1年しかないと思って何もしない人は5年経っても10年経っても何もしないと思います。だから1年しかないと言っていないでやってみましょう。この1年やれることだけのことやってみましょう。」


 漫画の世界でも、いのちをテーマにした作品は数多くあります。「生命」をテーマにした手塚治虫の「火の鳥」は、最近NHKでもアニメ化され好評得ました。
 TVや映画にもなった漫画で、「銀河鉄道999」という作品がありました。
未来の地球。ほとんどの人間が体を機械化し、永遠の命を手に入れていた。しかし、機械の体を買えない貧しい人々は生身の体のまま細々と暮らしていた。ある夜、鉄郎の母は機械化人の人間狩りの獲物として射殺されてしまう。主人公の少年 星野鉄郎は、謎の美女メーテルと出会い、「機械の体をタダでくれる」という星に一緒に連れて行くという条件に銀河鉄道の無期限パスを手に入れます。そして、銀河鉄道に乗り「機械の体をタダでくれる星」を目指して旅立ちました。その道中に、さまざま経験をし成長していきます。
そして、最終駅である「機械の体をタダでくれる」という機械化母星大アンドロメダに到着します。鉄郎は、「機械の体を手に入れて、永遠の命を手に入れることが本当に幸せなのだろうか?」と悩み、機械の体をもらうことに大変迷っていました。
その時鉄郎が言った言葉が印象的です。「…永遠に生きたいとも思うし…いやらしい機械人間たちをたくさん見たし…正直いって結論がでなかった…。…だけど、ひとつだけはわかったよ。限りある命だから人は一生という時間の中で精一杯がんばる…短い時間の中で何かをやりとげようとする…そうだから、お互い思いやりや優しさがうまれるんだって…。父さんや母さんの血がぼくの体には流れている…ぼくの血だって、ぼくの未来の子どもに受け継がれてそのまた子どもへとずっと続いてゆく…。それも永遠の命だってね!」

 でも、一生懸命生きていく中では、辛いことや苦しいことに出会うことがあります。
そのときにどのように考えるのか。
大瀬さんはこう言っています。「人間が生きていく中では、どちらかというと辛いことや苦しいことのほうが多い、そういうときに、安易に自分の命を縮めたり辱めたりすることがないようするためには、自分を支えてくれる「もの」を持つということです。それは、何か信じるものを持つこと、何かを信じる心であり、あるいは家族、友人でもいい。何かよりどころとなるものを持ってほしい。」

 また、福島大学の飯田助教授は、「どのような価値観を選び取ることが、人間に生きがいをもたらすのだろうか。」という問題意識から、海外における生まれ変わりの研究や退行催眠により生まれる前の記憶を思いだした人の数多くの証言事例をもとに、次のような「生きがい論」を展開しています。

 数多くの証言からわかってきたことは、私たちは、生まれてくる前に、自分自身で今回の人生で出会う試練を与え、それを乗り越えることで成長をしていこうという人生の計画をたててくるということです。ですから、乗り越えられないような試練のように見えるものでも、自分で乗り越えられない試練は自ら用意していないのです。人生の計画では「自分ががんばって手を伸ばせば届くようなちょうど良い高さのハードル」を用意しているのです。
 そして、人間の意識体は、グループをつくるように、何度もいっしょに生まれ変わっている仲間がいることがわかりました。このように、多くの人生を身近に生まれ変わって助け合う相手(意識体)を、ソウルメイトと言います。それは、人生のどこかで、夫婦であったり、親子や家族、親友であったり、あるいは、困ったときになぜか助けてくれる通りすがりの人といった形で存在しているといいます。そして、ソウルメイトは、一度はどこかで必ず出会って、無意識のうちに親交を温め、また潜在意識の中で激励しあっているといいます。
 私たちは、「思いどおりにならない人生」をいかに苦悩しながら生き、「願いがかなうという喜び」をいかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。

 「すべての物事には意味と価値があり、表面的には挫折・不運のように見える出来事も、すべて自分の成長のために用意されたものであり、順調そのものである」という考え方、これを飯田さんは、生きがい論に基づく「ブレイクスルー思考」と呼んでいます。
 このような飯田助教授の「生きがい論」を医療や教育に応用しようとする試みとして、「生きがいのメディカルネットワーク」や「生きがい教育ネットワーク」が自主的に結成されています。

 昔は、人々の生活、行動の底辺には「スピリチュアルな観点」、いわゆる「人間の本質は精神(心)であると仮定し、精神的な豊かさを追求する観点」があったものの、生活が豊かになるにつれて「物質主義的な観点」の支配率が大きくなってしまったように思えます。教育の中からも排除されてきたことも原因のひとつかもしれません。少年による事件や、目をそむけたいようなニュースが増えていますが、今あらためて、薄れてきている「スピリチュアルな観点」を大切にすることが必要な時なのかもしれませんね。

「僕の生きる道」橋部 敦子 角川書店
「銀河鉄道999」松本 零士 小学館
「生きがいの教室」飯田 史彦 PHP研究所




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