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「Jambo!」。すれ違う人が、私に親しげに声をかけてきてくれます。そして、「家族はみんな元気かい?」と、初めてすれ違う人からも、この見知らぬ日本人に対して気持ちを通わせようとしてきます。ここ(タンザニア)では、貧困と疾病のため、「死」を身近なものとして感じていて、そのため、一瞬一瞬の「生」を大切にしている。その時その時の人との出会いを大事にしているのではないかと感じました…。 藤井和代さんは、保健師としてタンザニアに派遣された青年海外協力隊OGで、現在、福井県臓器移植コーディネーターをされています。その藤井さんは、講演会でこのように語っていました。さらに、臓器移植コーディネーターとしての経験から次のように感じているようです。 「臓器移植をうけた人のほとんどは、人生に対して前向きに生きていくようになりました。それは、新しい命を与えられたということから価値観の変化が生まれ、いのちに対して積極的にかかわり、大事にしていこうという気持ちが芽生えたからではないでしょうか。」と。 このように、生き生きとして生きるという事は、心のありよう、物事の考え方(価値観)に左右されるのではないかと思います。 アフリカ。ここは、一見遅れた国と思われがちですが、いのちを大切にする気持ちや環境、いわゆる循環型社会という視点において先見性があります。 このような、発展途上国を通して、地球社会の一員として、すべての人や自然が共に生きる社会づくりをめざし、「文化の多様性」や「世界とのつながり(相互依存)」、「開発をめぐる問題」など地球規模の諸問題について、座学ではなく、自らが気づき、考え、行動するための学習活動を「開発教育」といっています。 実際、私たちの生活や行動は、知らず知らずにいろんな人、世界中に係わりを持っています。 昨年(2003年)11月に、第12回開発教育全国集会くまもと大会が実施され、その開会式で、主催者の水野富士雄 (社)協力隊を育てる会常任理事は次のようなことを話されました。 「日本は食糧の6割強を世界に頼っている。工業製品にしても、世界の安い労働力を求めて国外で生産している。それらは、製品を作るためにも、作物を作る過程においても総て水を使っていることを我々は気がついていない。日本は製品とともに莫大な量の水も輸入しているのと同じことである。21世紀は水争いの世紀と言われている。実際、製品製造のため、先祖代々の井戸が枯れるということも現実起こっている。これらの関係も心にとめなければならない。」 「情けはひとのためならず」という言葉があります。これは、ひとへの思いやりは、めぐりめぐって自分にかえってくるものだから、人に思いやりをもって接しようということです。人はつながりあって生きています。いや、人だけではなく総てのものが、つながりをもって生きている、存在しているのです。 このようなことを意識して生きていくことって大切なことだと思います。生きるということはつながりあうことなのでしょう。 宮城県の気仙沼で牡蠣の養殖に携わっている畠山重篤さんは、「森は海の恋人」運動を展開しています。魚場を守るには森から守らなければダメだということで、海の注ぐ川の上流に広葉樹の植林活動等を行っているのです。漁師が山に植林を行う…。海と山を一本の川が結び、山の広葉樹の腐葉土層を通ってきた水は、食物連鎖の底辺を支えるプランクトンを大量に育ててくれるのです。海の環境を守るためには、海に注ぐ川、上流の山を大切にしないといけないことに畠山さんは気づいたのでした。 すべてのもの(いのち)はツナガッテイル。それに気づき、いつもそれを心にとどめながら生きていきたいものです。 |