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全国の市町村の多くには、地方公共団体が運営する、地域の青少年(概ね30才未満の男女)の福祉事業を後押しする施設が設置されています。施設名は「勤労青少年ホーム」(以下「ホーム」と略称)といって、なんだかダサイ名前(こんなこと言ったら叱られるかな)なんですが、設置の主旨は、 福祉施設に恵まれない中小企業等に働く青少年のために、各種の相談、指導を行うほか、 憩いやスポーツ、レクリエーション、文化教養等、健全な余暇活動の場を提供することを目的として設置されている福祉施設なのです。ホームでは主催行事・クラブ活動(各種教養講座・茶、華道、料理、手芸、洋裁、英会話、絵画、書道、ワープロ等)、講習会(講演会、座談会)の開催の他、映画、演劇、音楽会の開催や生活相談、職業相談まで行われています。主催行事の他に施設利用者の自主的なクラブ活動として、バトミントン、音楽、野球、テニスなど幅広い活動の場(施設・設備)が提供されています。 1988年、福井県武生市のホーム利用者によって組織された「写真サークル」が「光画部」なのです。発足の1年前、ホームで催すいろんな行事に積極的に参加・協力してきた様々なサークルのメンバーが集い、言わばホームの「連絡部」のような性格を兼ね備えたサークルでした。「光画」とは写真のことで、当時、漫画週刊誌に連載されていた「究極超人あ〜る」(漫画家ゆうきまさみ氏の作品で、春風高校の写真部「光画部」に謎の博士・成原成行が創り出したロボット「あ〜る」が入部し、部員と共に様々な事件?を引き起こしてゆくストーリー)の物語の中に存在した写真部のように、゛はちゃめちゃ″に楽しいことを追求してゆこうという目的で発足されました。発足当時の部員は約20名(男女半々)で、それぞれの所属するサークル活動のない日でも、ホームに集ってワイワイやりたいというのが光画部を結成した動機だったのです。撮影会などに出掛けることもありましたが、どちらかと言えばレクリエーション気分で、「テニスをやろう」と誰かが言えば、次の週末はテニスサークルになったりしていました。それでもホームの湯沸し室を暗室に改造。以前ホームの指導員をなされていた河野氏から引伸し機などを借り受け、全員、写真に関してはズブの素人ながら、白黒写真の現像、焼付けの指導を受けていたりもしました。 1991年、部員の拡散(女性部員の多くが嫁ぎだし、自然と男性部員の足もホームから遠ざかって行った)によって実質的な活動(ホームを拠点とした活動)は停止し、当時の部長も武生を離れてしまいました。しかし、創設時のメンバーである数人は、毎日のように顔を合わせていた仲間だけあって、何かにつけて連絡を取り合い、年に何度かは「撮影旅行」と称して集い、新しく加わったメンバーや時にはその家族も交えた交流を今でも続けています。 1997年、輝かしき(?)「光画部」の功績をこのまま歴史の波に埋もれさせてよいのか!?「光画部」2度目の「奈良・撮影旅行」の際、地酒を飲み交わしながら思い出話を熱く語っていた部員達は「今年中には光画部のホームページを開設しよう!!」と意気込んでいましたが、それぞれの生活に戻ると、いつのまにかその想いも薄れ2年が経過してしまいました。 1999年、まったく突然に元部長が部員に呼びかけを始め、このホームページ創りが始まりました。今では顔を会わせる機会も少なくなってしまった部員達、しかし、インターネットという手段を通じて、発足当時とはまた違った活動がここから始まろうとしています。 今までの「光画部」、そしてこれからの「光画部」の活動を、このページを通して部員達、そして訪れてくださった方々にお知らせできればと考えています。 |